切なさも、儚さも、すべて。
私は去年の春あたりから写るんですにハマっている。
気づけば海ばかりを撮っているが、写るんですで写し出される青がなんとも綺麗だ。
一言でいうと、
『エモい』
昨年はどこに行っても若い子たちがこぞって
エモいと口々にしていた。
しかし、最近は耳にすることが少なくなったように感じる。
時代は巡り巡って、言葉も移り変わっていく。
そんな中、平成最後に生まれた若者言葉である『エモい』
きっと今年の終わり頃には、死語だなんて言われ出すのだろう。
流行りの言葉っていうのは、使われまくって捨てられていく。
なんとも虚しい。
今まで流行りの言葉なんて好きになれなかった。
語彙力が落ちていくような気がして。
文章力が失われていく気がして。
けれど、『エモい』という言葉は違った。
今までみんなが言語化しずらかった気持ちをこの一言で表現できる。
散りゆく桜も。
花火大会の帰り道も。
紅葉のライトアップも。
深々と降り積もる雪も。
全部が『エモい』のだ。
写るんですはその言葉を簡潔に表現できるツールな気がしている。
だから、今更ながらにどハマりしているのだと思う。
何時かは死語なんて呼ばれる日が来ようとも。
私は懲りずに、永遠に、この言葉を使い続けると思う。
この世はエモいで溢れているから。
誰が言い出したのかも、広め出したのかも、
ネットで検索しても出てこなかった。
時代の流れの中で、自然と生まれてきた言葉なのだろう。
『エモい』と言う度に、私は平成最後を思い出す。
そして同時に、様々な感情が溢れ出す。
切なさも、儚さも、すべて。